歴史探訪さるく部
歴史探訪さるく部
さるく会へのお誘い
日本と中国と西洋の文化が今なお色濃く混在する長崎の町中をぶらぶら歩き、その歴史の断片に触れてみませんか!
さるく時間は2時間程度のコースで、これまで16回「さるく会」を実施し、毎回20名ほどの参加がありました。
本年度も、松山町から竹の久保町、渕町、稲佐町方面の「さるく会」を4回ほど実施する予定です。
今後の予定
◆第17回さるく会 を実施します
①日 時 5月21日(木)午前10時 平和公園(旧松山)電停 集合~12時解散予定(小雨決行)
②コース 松山~竹の久保
【案 内】 料亭 青柳 山口広助 氏
【参加費】 無料
【申込先】 県友会事務局 ☎095-821-8577
【問合せ】 歴史探訪さるく部 古賀 彰(090-8911-6845)
これまでの活動
◆第16回さるく会
3月26日(木)「城山界隈」をさるきました。
ビッグN(大橋)スタジアム前から19人の参加者が、いつもの山口広助さんの案内で「さるき」ました。浦上川は満潮時には大橋まで潮が遡上することや、天領時代には、志賀山城が現在の護国神社の場所にあり、そのすぐ下は船着き場であったことなどの説明を受け、護国神社へ向かいました。護国神社は軍人や軍属らの「英霊」を祀る神社だと思っていましたが、昭和初期の五族協和国策遂行の先駆者として「満州の地に骨を埋めん」として渡った開拓者の「拓魂」の碑や「長崎県消防殉職者之碑」などいろいろな方々の慰霊塔があることに気付きました。そこから京都の五条を真似た城栄町(碁盤の目のような街づくり)を通り、爆心地から500mの所にあった旧城山国民学校校舎(原爆遺構)や二股クス(被爆当時、1本の大きな木だったが、被爆で燃えた後に新芽が出て2本の木になった)、嘉代子桜(校舎にいて亡くなった林嘉代子さんの母である林津恵さんが娘が好きだった桜を学校に寄付したもの)を見学したあと、平和公園運動場で長崎~佐世保を結ぶ高規格道路の説明を受け解散しました。
◆第15回さるく会
11月27日(木)平和公園界隈パート2を開催しました。
前回と同様、平和公園エスカレータ前から16人の参加者が山口広助さんの案内で、公園内のモニュメント群、記念樹、長崎刑務所跡、旧山里郷の故事来歴の説明をうけ、永井博士が住んだ「如己堂」、浦上天主堂、浦上キリシタン資料館でキリスト教への厳しい迫害の歴史を学び、平和公園下の防空壕群を見て解散しました。
◆第14回さるく会
10月16日(木)平和公園界隈パート1を開催しました。
10時、平和公園エスカレータ前からいつもの山口広助さんの案内で、18人の参加者が「さるき」ました。
修学旅行客、外国からの観光客がごったがえす中、まずエスカレーター横の防空壕群の説明を受けました。エスカレータ建設の際、この防空壕保存のため予定した位置を1メートル左に寄せた話から始まり、そのエスカレーターで公園内に入りました。入るとすぐに国や地域から寄贈されたモニュメント(写真)の説明を受け、平和記念像、長崎市原子爆弾無縁死没者記念堂、原爆落下中心地を巡りました。参加者の中には、「初めて知った」等、身近な存在の平和公園が持つ意義を改めて感じた一日となりました。
パート2を11月27日(木)に行いますので皆さんの参加をお待ちします。
◆第13回さるく会
6月5日(木)浦上街道界隈のコースで開催しました。
県友会長崎支部の森内久登支部長がFacebookに投稿した内容を紹介し、今回の報告とします。
県友会長崎支部は総会も終了し、今年度最初の「歴史探訪さるく」でした。一本柱鳥居から原爆資料館まで旧時津(浦上)街道の名残りに思いをはせながら、原爆遺構、長崎医科大学の歴史まで78年の人生で初めて見た、知ったことばかり。20名近い参加者もみな戦後生まれ。多分同様な感想に違いない。あなたも参加してみては・・・・。
◆第12回さるく会
浦上街道界隈(宝町~山王神社)
参加者 20名
詳しい内容は後日UPします
◆第11回さるく会
令和6年12月12日(木)に西坂公園~浦上街道のコースで開催し、20名の参加がありました。
西坂公園はキリシタンの殉教の丘とされており、往時の記憶を呼び覚まされるものが随所に刻まれていました。そして、誰にでも開放している教会にも記念品が数多く展示されていました。この西坂の地から浦上街道が始まっており、通りには往時の街道を偲ばせる地蔵堂などが点在し、宝町の交差点を見下ろす崖地には、目の神様「生目八幡宮」が、街道を行きかう旅人を見守っているようにひっそりと佇んでいました。最後は現代に戻り、新幹線の宝町トンネルから出てきた「さくら」を長崎駅方面に見送り解散しました。
◆第10回さるく会
10月24日に歴史文化博物館~筑後町~西坂公園のコースで開催
◆第9回さるく会(令和6年度第1回)
6月6日に諏訪神社~長崎(諏訪)公園~歴史文化博物館のコースで開催し、17名の参加がありました。
令和5年度の「さるく会」は、これまでに、館内町(唐人屋敷跡周辺)、東山手界隈、南山手界隈のコースで3回実施しました。
毎回20名ほどの参加があり、中国や西洋の人たちの息遣い、躍動する姿を思い浮かべながら、改めて、和華蘭文化のまち・長崎を実感した「さるく会」でした。
●令和5年12月14日(木)に第3回さるく会を実施しました
今回のさるく会は南山手界隈を巡るコースで、会員20名の参加がありました。午前10時に大浦・石橋電停に集合し、山口広助さんの案内で南山手の丘の上を目指していざ出発!
丘の上までは本来階段をのぼって行くところを、今回はグラバースカイロード(斜行エレベーター)で大浦小学校までいっきに上がりました。高台から眺める素晴らしい景色を堪能し、南山手レストハウスから大浦天主堂へと続くかなり傾斜がある「祈念坂」を下り、「祈りの三角ゾーン」へ。ここは、大浦諏訪神社、妙行寺、大浦天主堂が同時に見られる聖地となっています。
その後、「町並み保存センター」から、旧ベルビューホテル跡へ。ここは現在ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルになっていますが、ここには外国人居留地時代に「下がり松」という立派な松があり、そのことから、地名が「下がり松町」となったが、下がるのはあまり良くないということで「松が枝町」になったそうです。
また、旧ベルビューホテルの中で、ビリヤードとともにボウリングをしていたということで、長崎が「ボウリング発祥の地」となっているとのこと。
今回のコースの南山手地区には、東山手地区とともに、幕末から明治にかけて形成された外国人居留地の面影が今も残されており、昔日に長崎の町で躍動していた西洋の人たちの息遣いを感じた「さるく会」でした。

































